手話って、やさしい?

気温の変化が激しいですね。今日は薄着で外出してしまいました。風が冷たくて寒いのに、体は暑くて汗かいてて、これって…。(シーン)

午前中は、adaさんが担当している横浜オンヌリキリスト教会の手話教室へ。人数が増えて、8人、女子ばかりでワイワイやっています。きょうは時間が延びたけれど、1時間半の間に、手話表現、読み取り、指文字、音声を聞いて表すなど、いろいろ盛り込まれています。御言葉もたっぷり盛り込まれ、イエス様を紹介する時間となっています。

私が参加できなかった前回は、聖書に出てくる「あ」で始まる単語と、その単語が出てくる聖句を学んだのだそうです。

で、きょうは「い」。「いつくしみ」「いのち」「いやし」単語は3つなのだけど、聖句を1文字ずつ、すべて指文字で、それも右手と左手同時に、スムーズに表すのが、意外と難しかったです。手指のウォーミングアップになりました。

◎まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追ってくるでしょう。詩篇23:6

◎それから、イエスは、すべての町や村を巡って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気、あらゆるわずらいをいやされた。マタイ9:35

指文字で表そうとするときに、自分の目の前に動画が始まってしまうので、それを振り払って指文字をするのが大変でした。手話がやさしいとは、普段は全く思いませんが、指文字の羅列から比べると、手話は、やさしい。

指文字のあと、手話表現をした。印象に残ったのは、「いのちの日の限り」の表現。「日」にこだわらなかったが、私は「人生の終わりまで」とやっていた。でも、聖書が言っているのは、たとえ肉体は死んでも、霊は生き続けるという信仰告白であること。いのちが、ず~っと続くこと。うーむ、そうだった。地上のことに思いがとらわれているのだな。

帰りは、石川町まで足を伸ばしました。今度は関内から歩いて行ってみよう。

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