メッセージ要約 2月分

今回のメッセージ要約は、UDトークで音声認識されたものを聞き直し、聖書箇所を確認しながら仕上げました。全文入力と、どっちが体に負担がかからないのかという実験でもあります。

2月26日 聖日礼拝 八束選也師

「人間の罪、現れた裸の恥」

御言葉:創世記3:1-7、ローマ5章

 

1.罪の本質① 人は神になりたいと願った

(創世3:1-5、Ⅱコリ11:14、ヤコ3:14-16)

罪の本質は、人間が神になりたいと思うことです。サタンは、かつて御使いの立場にありながら、神のようになりたいと願い、その高ぶりのゆえに地に落とされた者です。(イザ14:12-15)諦めきれないサタンは、自分の王国を築くために、エデンの園に造られた神の尊い存在にねたみを起こし、また、人に神へのねたみを起こさせ、その座から引きずり落とそうとしたのです。

2.罪の本質② 神の御言葉への反逆

(創世3:2-4、Ⅰペテ2:1)

神様は、人に自由意志を与え、「園のどの木からでも思いのまま食べて良い。しかし善悪の知識の木から取って食べてはならない。あなたは必ず死ぬ」と言われました。(創世2:16-17)

サタンは、厳しくてケチな神様のイメージを人に植え付け、御言葉に対する疑問を起こさせました。女は妥協的な判断をし、「触れてもいけない」と人間の考えを付け加え、「死ぬといけないからだ」と御言葉を薄めています。すると蛇は女に「決して死なない」と断言しました。ついに人は、サタンの偽りを受け入れてしまいました。

クリスチャンにも同様の誘惑がやってきます。私たちは御言葉に立ち返るべきなのに、自己判断し、本や人の言葉に頼り、感情に流されます。その不確実さにサタンはどんどんつけ込んでくるのです。

3.誘惑の正体。人の欲望が刺激される

(創世3:6、Ⅰヨハ2:15-17、ヤコ1:14-15)
サタンが女を誘惑したのは、男の弱点をよく知っていたからです。「誘惑」には、「餌」という言葉が使われています。肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢は、見た目はよくても、アダムとエバに始まる私たちの歩みを不自然にし、束縛するのです。神様以上に私たちを本当に幸せにするものは、この世にありません。

4.罪の結果、人は裸の恥を現した

(創世2:25、3:7、ロマ3:15-20、黙示3:15-20)

神の姿に似せて人が創造されたときには、人は神の栄光で覆われていたので、裸であっても恥ずかしいと思いませんでした。ここで「裸」と訳されているヘブル語アロームは、「覆われている」という意味です。しかし、罪を犯したとき、2人は裸であることを知り、恥を隠すようになりました。ここでの「裸」は、エロームという言葉です。神の栄光が去ったので、何かで覆わなければ生きていけないという意味です。

神様は私たちに、「あなたは裸ではないか」(黙示3:15-20)と愛をもって語りかけてくださいます。私たちはただ、イエス・キリストの十字架の血潮を仰ぎ見るだけです。イエス様は荒野で御言葉を宣言し、サタンの3つの誘惑を退けられました。(マタ4)イエス・キリストの十字架の血潮は、優越感と劣等感に揺れ動く歩みから私たちを解放し、裸の恥を神の栄光で覆い、主の働きに招いてくださいます。神様の前にすべてをさらけ出しても、裁かれることはありません。ダビデがプライドを脱ぎ捨てて、主の前に裸で出た(Ⅱサム6)ように、私たちは、自分の弱さを正直に認めようではありませんか。

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