You Raise Me Up の私訳

先日のゴスペルライブでは、私の知っている歌が数多く歌われた。その中で、ユー・レイズ・ミー・アップは、手話通訳を担当されたSaiさんの表情や全身にすごく気持ちが入っていて、ステキな表現だなーと思った。私が訳した歌詞をベースに手話表現を考えたと言っておられたので、なおさら私には心に響くものになったんだろうと思う。特に、「主がわたしを背負ってくださるから」のところは、そのまま「背負って」いたから嬉しかった。それを「助けてくれる」とか違う表現にしてしまうと、自分の力が少しでも残っているように見えてしまう。全幅の信頼を神様に置くようにと、主が身を低くしてくださったんだなと思って、じーんとした。
日曜日に教会で聴いた(見た)メッセージも、イエス様が十字架にかかる前日、弟子の足を洗う姿だった。初めて聞いたのだけれど、ヨハネ13章でイエス様が脱いだ「上着」は、複数形で記されているんだそうだ。上半身はだかになって、手ぬぐいを腰にまとう姿は、奴隷の身分そのもの。
「イエスは、この世から父のもとへ移るご自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。」(新共同訳)
イエス様が弟子たちの足を洗い終わり、再び上着を身に着けて、席について、弟子たちに言われたこと。「わたしがあなたがたに何をしたかわかりますか」この、「わかりますか」という言葉も、「わかりなさいよ」「わかってほしい」という、イエス様の懇願をあらわすのだそうです。それで、あなたがたも互いに足を洗いあいなさいよと言われるのだ。「このことが分かり、そのとおりに実行するなら幸いである」
で、先ほどの歌詞の話に戻る。読みたいと言ってくれた姉妹がいたので、掘り起こしてみた。
↓2015年8月に訳した↓
心うちひしがれ、疲れ果てるとき。
問題が次から次へと押し寄せ、心押しつぶされそうなとき。
そんな時、わたしは、沈黙のうちに主を待ち望む。
主がわたしの傍らに座って、ともにいてくださるのを。
(コーラス)主よ、あなたはわたしを引き上げて、山々の頂きに立たせてくださる。
主は、わたしに、荒れ狂う海を渡らせてくださる。
わたしは強くなれる。主がわたしを背負ってくださるから。
今のわたし以上に引き上げてくださるから。
 渇望のない人生はない。
心は安らぐことがない。
でも、主がわたしとともにおられるなら、わたしの心は満たされて
永遠というものをほんの少しだけ見せていただいたように感じる。
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