1月 メッセージ要約

2017年1月22日 

「恵みと憐れみの御言葉の川」

エゼキエル47:1-2、7-9

  • 神の国に流れるいのちの川

(創世2:10、イザ43:18-19、黙示22:1-2)

神様のご計画は、創造の最初に潤し、祝福することです。エデンの園を流れる川が、4つの源(地の四すみ)を潤していました。(創世2:10)神様は、ご計画されたところを中心に、全地が祝福されるようにしてくださるお方です。

サタンの誘惑によって人間が堕落したあとも、神様は、預言者を通して、何度も回復の御言葉を語っておられます。(イザ43:18-19)神の国にはいつもいのちの川が流れていて、何もなく干からびた領域に水を湧き出させてくださるのです。

神様は、終わりの時代にも、神と小羊の御座からいのちの水の川が流れる回復の預言を与えてくださいます。(黙示22:1-2)人間同士の約束は反故にされることがありますが、神様の約束は揺るぎません。私たちの側で出来ることは何もありませんが、神様は、ご自身の真実のゆえに回復すると言われるのです。

  • 御霊と御言葉によるいのちの水の川

(詩篇147:17-18、Ⅰペテ1:23-25)

神様は、この地の回復とともに、御言葉を受け取る私たちの内側の回復をも約束されています。主は、氷をパンくずのように投げつけるが、御言葉を送って氷を溶かし、ご自分の風(御霊)を吹かせると水が流れると書かれています。(詩篇147:17-18)神様は、さばきを与えた後に御言葉を送り、聖霊様が息吹を与えてくださるのです。

私たちが新しく生まれるのは神のことばによると聖書にはっきりと書かれています。(Ⅰペテ1:23-25)イエス・キリストを救い主と信じる私たちひとりひとりの内側では、神の国がすでに始まっているのです。その実感に乏しい方は、種のように小さく始まり拡大するという神の国の原則を再確認しましょう。宮からの水の流れが、荒れ地で豊かになっていくのを私たちは見ることができるのです。(エゼ47:3-6)

  • 恵みと憐れみの御言葉を飲もう

(ルカ4:16-22、ヨハ7:37-38、詩篇36:7-10)

神の国が来るところでは、いつも恵みと憐れみが満ちています。イエス様は、ナザレの会堂で、「捕らわれ人には赦免を」と宣言されました。(ルカ4:18)仮庵の祭りの最後の日、柳の枝を振って水を求める祈りをしていた人々の中に立って「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい」(ヨハ7:37-38)と大声で叫ばれたのです。イエス様のもとに行くことを通して、私たちはいのちの水をごくごく飲むことができます。

御言葉が実現していても、イエス様がそばにいても気づかず、それが私と何の関係があるのかという受け取り方をしていないでしょうか。御言葉を通して与えられる歩みこそが真実で、本当の自由、完全な勝利をもたらすのです。イエス・キリストの十字架以外に、誇りとするものは決してありません。(ガラ6:14)サマリヤの女性が、自分をさらけだし、町中の人にイエス様を告げ知らせたように、世代から世代へと、主の恵みと憐れみはいよいよ増して広がっていくのです。今年、私たちは、御言葉の真実を受け取り、大胆に語る者とならせていただこうではありませんか。

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