信濃町で要約筆記

今日は、恒例の新年聖会をお休みしまして、日本キリスト教団の都内54教会から成る、北支区信徒大会にご奉仕に行って来ました。

この写真は、12月に会場下見に行ったときのもの。出迎えてくださったbridgeさん。

天井が高くて明るい教会です。

こひつじクラブとしては初めての現場です。働き手が少ないのに、奉仕を引き受けるなんて、私の自己満足かもしれない。自分のキャパを越えているかもしれない。だれかの役に立ちたい思いが先行しているだけかもしれない。でも、要約筆記の仲間に声をかけてみたら、その日のうちに「私を使ってください」と言っていただけて、5人でご奉仕することになりました。情報保障に思いのある人と時間を過ごしたい。コンタクトを取りたい。情報保障の現場を見てもらう機会を増やしたい。そんな思いが勝ちました。

下見のときは、奉仕を依頼してくださったbridgeさんだけでなく、大会の実行委員長woodsさんとお会いでき、要約筆記の必要性を一から説明しました。年末年始はメールのやりとりでちょっと忙しかったです。

夫は、口に出さなかったけど、私に行ってほしくなかったと思います。むしろ、聖会で、自分のために情報保障をしてほしかったでしょう。
今朝のやりとり。

私/じゃあ、行ってくる。

夫/やはり、行くのか。

私/へっ?

夫/テレビの字幕を読んだだけ。

私/タイミングぴったり。ホントかなあ?

・・・ちょうど、「精霊の守り人」をやっていたのですが、何のシーンだったかは見ていません。

Yossyいわく、「始まる前は、みんな笑顔」。終わると、みんな、安堵のため息とともに「ごめんなさ~い」 それぞれの反省を口にします。

私は、連係入力2人、2人のまん中。ああ、手話表現になってる。

開始直前に、woodsさんが、「礼拝後のあいさつをちょっと変えました」とおっしゃいました。その「ちょっと」が、ちょっとでないことが多いのですよ。その場でUSBをお借りして、前ロールを訂正。そして同じものを全員共有したのだけど、なんと、始まってみたら、自分の前ロールは訂正前のままだったのだー(^_^;) 全員共有しておいてよかったよ。

前ロール作りは難しい。すでに原稿になっていても、話し手は、話すときになると、感情がわき上がってくるのか、間(ま)をあけたり、言い淀んだり、声に力をこめたりする。特に、東日本大震災の体験談ですもの。前ロールを出すのは指1本しか使わなくていいのに、どうも体全体が緊張してしまう。

午後の講演会では、講師が農場の写真を見せながら歌を歌いました。同じスクリーンを使ったので、写真が優先されて歌詞が出せなかった。所沢市民クリスマスのときのように、こちらで引き受けて、パワポとIPtalk切り替えにすればよかったのかな。詰めが甘かったな。

講演資料は、前ロールとしては使えないと初めから予測できたのだが、私の担当を決めておけばよかった。アドリブから原稿に話が戻る感覚をつかむと、超スピード入力の合間に、前ロールをねじこんでみたりした。後ろから見たら、私は右に左に体を傾けて誤字訂正を促したり、前ロール出します!と手を挙げたり、出して!だの消して!だの、忙しく動いていただろうな。

養豚業のお話はなかなか聞けないこと。豚のお産の介助の話が興味深かったです。豚はきれい好きなので、ヨーロッパでは、きれいな女性への褒め言葉として「豚の肌のようですね」と言うそうです。びっくり。

準備のために、資料に載っていたクリスチャンの酪農家、三友さんのことを調べたとき、NHKのプロジェクトXに出演されたことを知りました。「足るを知る」この言葉が、今日の講演の締めくくりだったので、私は「あ、三友さんと同じだ」と思いました。

恒例の自撮り。

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