してもらう恵み

今日は、同じ教会のユウコさんと、我が家でプチ静まり会を持ちました。

静まり会では、思いがけない、小さな驚きを大切にしています。

彼女には、①ランチのためにパンを焼いてきてほしい。②御言葉の朗読の箇所を選んできてほしい。とお願いしました。特に、②に関しては、御言葉を読み聞かせてほしいという願いがありました。

どんなパンなのか、どの聖書箇所が読まれるのか、そのときにならないとわかりません。

私は、3種類のサラダとスープを用意しました。

それよりも、いつものことですが、部屋の片付けが進まなくて。とりあえずテーブルの上はきれいにしたものの、積ん読状態の本や書類は、私の目から隠れていればいいや~・・・といっても、向かい側から丸見えだと思うと、恥ずかしいんですけどね。あきらめの境地です。

いつもパンを入れている木のお皿が、私の手の届かないスペースにしまわれていて、どうしようかと。ふと、菓子皿として使っているシナモンプレートに目が留まりました。シンガポールに初めて行ったときに買ったもので、天然のシナモンが樹脂に埋め込んであるのです。
今度は、何色の敷き紙を使おうかと、いろんな色を合わせて見たけれど、どれもしっくり来なくて、プレートをきれいに拭いて、そのままパンを載せることにしました。

ユウコさん到着早々、パンを切ってもらいました。まだ、ほんのりと温かい。

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全粒粉100%のくるみ入りパン。ミートローフに見えますが、パンです。

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スープ:玉ねぎ、人参、キャベツの中華風
サラダ3種:春菊のお浸し、海藻と切り干し大根のサラダ りんごジュース和え、すりえごまと ゆかりのポテトサラダ

お祈りして、「いただきま~す」と、ひと切れのパンを手にとった途端、ふわっとシナモンが香ったのです。「うわー、何これ~✨👀」実はユウコさん、無類のシナモン好きだと判明しました。文字通り、目を皿のようにして、シナモンプレートを観察していました。

食後、20分ほどの沈黙タイム。静まりの邪魔をしないなら何をしてもよいというルールです。私はその間に洗い物を。蛇口から出す水の量を加減したり、食器同士がぶつかりあって大きな音を立てないようにしたり。こういう気遣いは、自分自身のたましいのために、まず必要なのではないかと思いました。お皿を洗うのも、静まりの修練のひとつですね。

沈黙の間、ユウコさんは、私の「あきらめた後ろ」のスペースから、本を取り出して読んでいました。読もうと思って、手つかずのまま置いてある本を思い出させてもらいました。

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そこで、「今の気持ち」を3つの言葉で表してもらいました。
私は【スパイシー】
【背後】【かくれんぼ】です。
私の心がおわかりですか?

旧約聖書から、詩篇32篇が読まれました。思い巡らしのあと、ひとことの祈りにして、互いに聴き合いました。

ひとことの祈り:
神様の愛と戒めに満ちた言葉を知りませんでした。神様に近づくために、自分に近づける必要のないものに気づかせてください。

「わたしはあなたを目覚めさせ 行くべき道を教えよう。あなたの上に目を注ぎ、勧めを与えよう。分別のない馬やらばのようにふるまうな。それはくつわと手綱で動きを抑えねばならない。そのようなものをあなたに近づけるな。神に逆らう者は悩みが多く、主に信頼する者は慈しみに囲まれる。神に従う人は、主によって喜び躍れ。すべて心の正しい人よ、喜びの声をあげよ。」詩篇32:8-11(新共同訳聖書)

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