本「怒り始めた娘たち」

image

火曜日に図書館で借りた本。
すでに風景と化している、積ん読の信仰書のたぐいには目もくれず、その日のうちに読破した。
同じように悩んでいる人がたくさんいるんだろうな、と思えた。

印象に残った、というか、ぐさっと来たのは、
「(母親に)支配されて不満を抱きながら、軽く依存して面倒を見てもらうという状態が、自分にとっての定常状態になっていたのだ」という箇所。

ベテスダの池で38年伏せっていた男性にイエス様は「床を取り上げて歩きなさい」と言われた。私にとっての「床」とは何かたびたび考えていた。けれど、自分の本音に向き合うのが怖くて、認めるのを避けてもいた。

あと、もうひとつ。
境界性パーソナリティー障害(ボーダー)の人たちの、対人関係でよく見られる心境とよく似ているということ。見捨てられ不安と、のみ込まれ恐怖が渾然一体としていること。
私は、親との関係を考えるとき、一体化しているとまではいかないけれど、違和感を覚えるというか、自分がいったい何者なのか、よくわからなくなってしまう。アイデンティティ・クライシス。
神様は私を何と呼んでおられるのか、よーく知りたい。

水曜日には、一緒に涙してくれる友がいた。私の手を取って、「神様も傷ついているね」と言ってくれた。人の痛みに寄り添うって、こういうことなんだなと思えた。逆の立場になったとしても、同じようにはできないだろうと思った。

今日は一転して、同じ出来事を笑いながら話している自分がいた。友達も、一緒に笑い転げながら、「ドレッシング事件」と名前をつけてくれた。

「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」 ローマ12:15

 

 

広告