ストップ!悪習慣。

今日、母に会った。

先週土曜日に父が来宅したとき、スープがぬるかった、味が薄いだの言って、「こんな料理を出していたら、哲康さん(夫)が家に帰って来たくなくなるんじゃないか」と言っていたという。

スープがぬるかったのは、19時半に食べられるように準備していたのに、パソコンの設定が終わらずに、食べるのが21時ごろになってしまったからです。

味が薄く感じるのは、父の味覚が麻痺しているからです。私はいつもの2倍コンソメを入れたから、味が濃くてお茶ばかり飲んでいたのに。

夫は心の広い人だから、何も文句言わずに食べてくれるありがたい存在なのです。義母が料理上手なのはあたりまえ。

母は、父から聞いたことをそのまま私に言ってくるけど、それを聞いた私の気持ちがかき乱されることを全く考えていない。どうして私に言う必要があるのだろう?

「パパは、話が私に筒抜けになるとは思っていない。私に伝えないでほしい」と言って別れた。

サラダにかけるドレッシングを常備していないことを父にとがめられたとき、「市販のドレッシングは、食品添加物が気になるから買っていない」と、淡々と対応できたと思っていたのに!! やっぱり、私は認められていないんだ・・・帰りの電車の中で悔しさと怒りが込み上げてきて、涙が出て仕方がなかった。他人から見たら、たわいもないことなんでしょうけど、私にとっては大事(おおごと)なんです。

家中のお茶碗を割りたい気分だったけれど、片付けるのは自分なので、想像だけでやめておいた。

今までの私は、受け身だった。否定的な感情に巻き込まれ、悲しむことに慣れ親しんでしまったので、真っ先に感じてしまうけど、私は自分の心を守りたい。祈りの中で、復活の主が生きておられることを宣言したのでありました。

「わたしが来たのは、地に平和をもたらすためだと思ってはなりません。わたしは、平和をもたらすために来たのではなく、剣をもたらすために来たのです。なぜなら、わたしは人をその父に、娘をその母に、嫁をそのしゅうとめに逆らわせるために来たからです。さらに、家族の者がその人の敵となります。わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。また、わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。自分の十字架を負ってわたしについて来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。」

(新改訳聖書 マタイの福音書10章34~38節)

もちろんイエス様は、平和の君としてこの世に来られたのだけれども、平和とは、見た目に仲が良ければいいってことではないということです。

 

 

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