メッセージ要約 3月

2016年3月27日

悲しみを喜びに変えてくださる神

~十字架の道を歩み通されたイエス様~
ルカ23:1-3, 27-28, 34, 42-43
*ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)

エルサレム旧市街にヴィア・ドロローサという巡礼の道があります。イエス様は、十字架へ道を歩まれる間、必要最小限の言葉を語られました。

 

  1. 十字架の道は父の御心に仕える道
    (ルカ23:3, ヨハ10:18, イザ53:1-12)

イエス様の時代、ユダヤ人はローマ帝国の圧政に苦しみ、ヘロデ王によって、祭司職は金銭で買える身分となっていました。バプテスマのヨハネは腐敗したリーダーシップに対して悔い改めを迫り、殺されてしまいました。イエス様も宗教者や神殿の姿に怒りを表し、改革を宣言されたのです。

イエス様は、ピラトの「あなたはユダヤ人の王ですか」という問いに、「そのとおりです」とお答えになりました。それは、「父なる神の御心にどこまでも従います」というイエス様の主体的な宣言でした。「彼を砕いて痛めることは主のみこころであった」(イザ53:10)「この命令をわたしの父から受けた」(ヨハ10:18)と聖書に書かれています。イスラエル・ユダヤ人がイエス様を拒絶したというのは誤った考え方です。イエス様は、全世界とイスラエルの救いの御業を成し遂げるための第一歩を自ら決断されたのです。

 

  1. 十字架の道は執り成しの祈りの道

(ルカ23:28,マタ9:36, ヘブ2:14-18)
イエス様のために嘆き悲しむ女性たちに、イエス様は、「わたしのことで泣いてはいけない。むしろ自分自身と自分の子どもたちのために泣きなさい」とお心を表してくださいました。イエス様はゲッセマネの園でも、まずエルサレムのために祈られ、またイスラエル・ユダヤ人を通して全世界の救いを祈られました。イエス様は、羊飼いのない羊のように弱り果てている群衆を見て、かわいそうに思われ、(マタ9:36)憐れみ深い、忠実な大祭司となってくださいました。(ヘブ2:14-18)

 

  1. 十字架の道は日々主とともに生きる道

(ルカ23:34, 43, ガラ2:20, Ⅰペテ2:18-25)

イエス様はナザレの会堂で、「捕らわれ人には赦免を」と大胆に宣言されました。(ルカ4:18)罪の赦しを得させる悔い改めの福音は、エルサレムから出て、全世界に宣べ伝えられているのです。(ルカ5:32、24:47)

イエス様は、2人の犯罪人とともに十字架につけられました。イエス様は、「父よ。彼らをお赦しください」と宣言されました。犯罪人のひとりが、苦しい息の中からイエス様に憐れみを乞うたとき、イエス様は「あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます」と最後の言葉を宣言されました。イエス様は、主を信じるすべての者に、生きる道を与えてくださるお方です。(ガラ2:20、Ⅰペテ2:18-25)。

戦後日本のリバイバルが下火になっていき、「本当に主の御心の中にいるのだろうか」と自問自答していたハイル師は、「目に見える状況ではなく、今、主が置いてくださっている場が主の御心であると、私はある日悟った」と宣教報告に記しています。悲しみを喜びに変えてくださった(ヨハ16:20)イエス様だけに注目し、「御心がなりますように」と祈らせていただこうではありませんか。

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