聖霊待望会

きょうは、ペンテコステ礼拝でした。聖霊降臨日ともいいます。

私の教会では、礼拝と午後の集会で、聖霊の満たしを求めて祈りました。

私も、ついに、手を挙げて神様に祈るときが来ました。

正直に言って、聖霊待望会というのは、恐怖以外の何物でもありませんでした。霊の目が開かれていませんでした。「意味がわかりません。私を置き去りにしないでください」とお祈りする日々でした。

聖霊は、神様の御心を教えてくださる、すばらしい通訳者です。私は神様に愛されている、知られている、置き去りにされていないと教えてくださいます。子どもが与えられない悲しみを通して、私の涙は、神様に覚えられていると慰めを受けました。「求めること」そのものが、神様の御業であることを教えられています。

「あなたは前からうしろから私を取り囲み、御手を私の上に置かれました。」詩篇139:5

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