私たちの会話

ここ1週間での、私たち夫婦の会話の一部をお分かちしちゃいます。
「私/夫」で1日と数えます。
先週、夫は仕事で礼拝に出られなかったので、個人消息なども伝えています。
想像力を働かせてお読み下さい。
夫の「わかってをるではないか」または「ども」が出た時点で、
話題に区切りをつけることにしています。
また思い出して質問を持ちかけることもあるけど。

私/あ、O姉妹に赤ちゃんが生まれました。年度末ベビーです。
礼拝のときは、高血圧で入院中、今朝陣痛が始まったと聞いて、みんなでお祈りしました。
母子ともに健康と聞いて、良かった良かった。

夫/もし産みの苦しみがなかったとしたら、 生まれてくる子に対して愛がわきにくいのではと。

私/母親は、おなかの中で育てる期間があるので、それまでに愛情を注いでいると思う。
父親は、赤ちゃんが生まれてくるまで、実感がわきにくいのでは。 苦しむときに、ひとりだったら辛い。
産みの苦しみは、夫婦間のコミュニケーション力を強めるのではないかな。

夫/そなぬか。

私/ いや、私も経験ありませんので、憶測ですけど。
罪が入らなければ、産みの苦しみもなかったですけど。

夫/そだな。罪のない世界もわからないけど、長生きなのだろう。

私/罪が入った後も、ノアの洪水の前までは、900歳とか、長生きだったね。
永遠に値するくらい、長生きだったのだろうか。

夫/死にたいと思うことすらなかったのでは。

私/そうかぁ!
死にたいと思うことそのものが、神様から離れていることを意味するのかな。

夫/わかってをるでは。

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