あいまいな記憶。

先日、鎌倉のハイキングコースを歩きながら、ジョン・バニヤンの「天路歴程」の話になったので、卒論に書いたと話した。読みたいと言われたのだけど、本と卒論のコピーを実家の本棚から取り出したのは記憶にあるけど、いったいどこに置いたのか?? 思い出せない。

確か、自己紹介代わりに、結婚前に夫に渡したはず・・・渡したのか、メールしたのか、またそれがあやふやで。でも袋の色は覚えてて。考えているうちに思い出して(思い出したつもり)、夫にメール。「つかぬことを伺いますけど、7月2回目ぐらいのデートのときに渡した「卒論」、探してもらえますか?」 夫、書棚とか一生懸命探してくれて、ついに過去のメール本文に全部検索かけて見つけ出してくれました!! 拍手~!! 誇らしげな夫。で、7月と思い込んでいた日付は9月1日だった。ありゃりゃ? (^^;)

近場の中華に夕食に。夫が「日めくり(カレンダー)の御言葉、忘れた!」と言う。えーなんだっけ、なんだっけ??と2人で必死に思い出そうとする。箇所が全然思い出せない。私が覚えていたのは「すなわち」という接続詞と、「洗い」「聖霊」これだけ。夫は英語のGod washed…だけ。あ、あと、手話で「きよめる」という表現をしたんだった。文字通り「洗い」だと、洗濯板でごしごししているみたいだから。

この限られた情報をもとに夫がケータイで聖書用語検索。その間に注文した料理が来ていたが、結果が出るまでお預け。くーっ。「これじゃないかな?」カレンダーの御言葉とケータイの聖書は訳(やく)が違うので、かなり違う文章だが、「こんな感じだったかもねー」で、お祈りをして、ラーメンをおいしくいただき、会話も弾んだのだった。

テトス3:5「神は、私たちが行った義のわざによってではなく、ご自分のあわれみのゆえに、聖霊による、新生と更新との洗いをもって私たちを救ってくださいました」(新改訳)

テトス3:5「この救いは、聖霊によって新しく生まれさせ、新たに造りかえる洗いを通して実現したのです」(新共同訳)

そして、買い物をして帰宅し、日めくりカレンダーを見て愕然とした。あれだけ2人で追い求めた御言葉は、昨日のだった。

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あいまいな記憶。」への5件のフィードバック

  1. いるかいないかは分からないけど~比較しないし~笑

    わかった!兄弟ゲンカみたいな(←良い意味だよw)
    言葉のやり取りが微笑ましいのよ~♪

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