荒野の○○年

日本プロテスタント宣教150周年目の今年、
あちこちで記念式典が行われています。
 
今日・明日は、「フェスティバル」 お祭りです。
神様を礼拝して、礼拝して、賛美して、賛美して
メッセージが始まるまでに2時間近く経過。
 
記念式典では、「教会が1つになり祈ろう!」「聖霊に満たされよう!」
と、チャレンジを受け、ワーシップ・セレブレーションでは
「満たされたら、神様はあなたと語らうために荒野へ連れて行く」と
語られました。
荒野(何もないところ、真っ暗闇)でしか、
私たちが神様だけに心奪われる場所はないのだと。
モーセが人生の3分の2を荒野で過ごしたのは、
最初の40年は彼の訓練のため、
次の40年はイスラエルの民を荒野で導くため。
 
あれは実に荒野だったな~と思う時代が私にもあったけど、
それがあったから今があるのだと思うし、
次のプロセスへと導かれようとしているのでしょう。
 
そんなことを考えていたら、夫がニコニコして言いました。
「モーセは40年荒野だったけど、オレは障害者割引で20年!」
へえ~、神様は半額にしてくれたんだね~。
これってまじめに受け取ると信仰告白だなぁ、なんて思うのでした。
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