日本プロテスタント宣教150周年

8日、9日にパシフィコ横浜で行われた記念大会に参加した。
なつかしい顔ぶれもたくさん。
ボランティアの方々、暑いのによくご奉仕してくださった。
 
テーマは「キリストにあってひとつ」だから、聖餐式があるのかと
思っていたけど、なくて残念。
 
手話通訳はあったけれど、奉仕者が少なかった。
講演者が難しいことばで、早口で原稿を読み上げるので、
通訳しきれない。
会場のスペース(5000人収容)の割りにはスクリーンが小さくて、
せっかく字幕がついているものがあっても後ろからはよく見えなかった。
要約筆記をつければ、来ようと思った人もたくさんいたはず。
難聴者のOさんにお会いしたとき、
「これからも、キリスト教会の情報保障の普及に励みたい。死ぬまで!」
といわれ、とても励まされた。
 
ベビーカーもメインの入り口は通れず、回り道をさせられたりして
子連れって歓迎されてないのねーと感じた。
でも、よくがんばったね! Nonちゃん&Sちゃん。
一緒に歩かないと、私も気づかないことが多くてスミマセン。
 
2人の現役牧師のスピーチがインパクトあった。
 
ひとり目は100歳。
よろよろと杖をつきながら登壇された。
会衆のだれも知らない、歴史資料でしか見たことのない
出来事を、生で体験されている。
徒歩で宣教地を巡り歩いたパウロより3倍は伝えられるだろうと
自転車で地域をまわってイエスさまを伝えたそうだ。
カトリックの伝統に抗議(プロテスト)して生まれた教派だけど
ひとつになって、初代教会の原点に戻り、悪魔の働きにプロテストし、
福音の拡大に励んでいこうというチャレンジは力強かった。
 
ふたり目は、25歳。
クリスチャンの両親のもとで育ち、高校生のときに
献身を決意し、ユース(若者)伝道の思いが与えられた。
神学校を卒業して、3年前に家族で教会開拓を始めたら
母親が伝道熱心で、最初は婦人ばっかりの教会だったそうだ。
そこで高校生の妹と一緒に祈り始めたら、
おとなしかった彼女が神様に変えられて、クラスが変わり
学校が変えられていったそうだ。
16畳に85人、3年間に400人が来るなんてすごい!
若いうちに、信仰の基盤を築いてほしいと思う。
 
200周年に向けて、歩みはもう始まっているのだ。
 
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