ノートテイカー

新約聖書の第1コリント人への手紙13章には
神様の愛がどういうものか書いてある。
5節には「・・・人のした悪を思わず」とある。
ここで「思う」と訳されていることばは、
ノートに書き留める、記録するという意味をもっている。
あなたは人のした悪を書き留めるノートを持っていますか?
そのノートをどうしたいですか?
 
昨日夕方から参加したOCF(留学生会)の集まりで
菅家容子師から教えていただいたこと。
相手を許さないでいるなら、その毒は気づかないうちに
からだの奥に入り込み、からだ全体をむしばんでゆく。
容子師は、だんなさまのことばで傷ついたときに、
それをそのままにするのはよくないと人から指摘されたそうだ。
やっぱり心にわだかまりがあると、
だんな様と子どもたちに対する態度が違うことが周りに伝わってしまうのね。
目には見えないノートだから、目に見えない神様に預けよう、と
神様に明け渡す祈りをしたそうだ。
その後、そのことばを思い出すときでも、
そのことばにくっついていた毒は消され、
傷ついた感情が湧き上がることもなくなったとのこと。
 
私は、そういう、人のした悪を記録するノートをもっている。
ある出来事は思い出したくなくて、心の奥底に封印したり、
ある出来事は思い出したくて何度も記憶を振り返ったりする。
それは、自分を愛しているかどうか、
神様に愛されている者として正しく受け入れているかどうかに
かかっている。
 
私はノートをまるごと神様に渡さず、
1枚1枚破いて神様のところにもっていっていた。
神様はその1枚もちゃんと受け取ってくれていたけれど、
やっぱりノート全部渡したい。
そしたら、神様のペンでそのノートを書き直してくれる。
いや、消しペンで、なかったことにしてくれる。
イエスさまの十字架という赤ペンでサインされて
聖霊という保証のはんこも押されて返ってくる。
 
 
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ノートテイカー」への1件のフィードバック

  1. 心のオリ、というか。
    自分が傷ついたからなかなかノートから消せないんだと思うけれど。
    そのままにしておくと、だんだん、自分をむしばんでいくのね。
    だから、明日まで持ち越さないようにと、
    聖書に書いてあるんだと思う。
     
    持ち越すのも結構パワーが必要なので、
    だんだん「ノート紛失」みたいな状態。
    年取るのもいいかもね。

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