交わりの意味

今日のクリスチャン要約筆記サークル「こひつじクラブ」は
新しい目標のもと、今日最初の例会を持ちました。
「よりよいクリスチャン要約筆記をめざして」
今年度の終わりにはどんな喜びと課題を
神さまの前に報告できるでしょうか。
難聴の方から普段「聞こえにくい」ゆえに感じている
困難さを話していただく時間を持ちました。
「くろ」と「しろ」、「上がる」と「下がる」など聞き分けることが
難しいと言うのをはじめて知りました。
学生時代に勉強した言語学の授業みたいでした。
破裂音とか破擦音とか、習ったことを思い出しました。
聞こえてくる音の子音や母音(ときには両方)が欠落しているので、
「意味を持ったことば」として理解できかねるのですね。
すごいストレスだと思いました! 
すみません、初歩的な感想で・・・
言ってくださりありがとうございます。
私が関わり始めた一般の要約筆記サークルは健聴者ばかりですが、
このこひつじクラブはもともと難聴者の必要によって基盤がつくられました。
なので「聞こえない人とともに歩む」サークルです。
意見交換をするときは話す方もそれを要約筆記するほうも
難しさを感じてしまいます。
微妙なニュアンスが伝えられないし、すれ違ってしまう。
本当に伝わったのかなぁと思ってしまう。きっとお互いに。
今日は、これからの例会の時間がなかなか決まりませんでした。
急いで決める必要はないのかもしれない。
聞こえる人が「交わり」に求めることと、聞こえない人が「交わり」に求めることって
違うのかなぁと思ってしまいました。
なんていうか、難聴の方々の思いは「熱い」のです。
去年のピクニックも、講習会のあとのご飯も、難聴者の方が圧倒的に多かった。
疲れていても、距離をいとわず来てくださる。
分厚い壁のように見えるのはイエスさまの用意されたドアなのかな。
うーむ、うまく言えない。
「私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、
あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。
私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。
私たちがこれらのことを書き送るのは、私たちの喜びが全きものとなるためです。」
(ヨハネ第1の手紙 1:3-4)
さあ、明日は礼拝の司会、それから午後は東京イースター。
おやすみなさい。
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